テスラは今週、ビットコインに15億ドル(約1600億円)を投じ、自動車代金のビットコインでの支払いを近く認めると表明した。テスラの発表を受け、ビットコインは過去最高値を更新した。熱狂的な個人投資家に支えられ、昨年、記録的な株価上昇を経験したテスラが、今度はビットコインへの熱狂をさらに加速させている。
テスラがこの決断を下した背景には、ビットコインの保有は会計上の曖昧さをもたらすことがあるかもしれない。この暗号通貨は、会計ルール上「耐用年数を確定できない無形資産」に区分されるため、テスラはビットコインの値上がりやそれに伴ういかなる保有価値の上昇も評価益として計上することはない。利益を計上するのは、資産を売却するときだけだ。
もちろん、ビットコインの値上がりで儲けた人がそのままビットコインでテスラを買うというシナリオも想定しているだろう。ビットコイン支払いを受け入れることで、テスラは会計上の価値が曖昧な無形資産をどんどん増やしていくことになる。イーロン・マスクはこの柔軟性を気に入っているに違いない。
今週はもうひとつ面白い噂が流れた。Amazonがメキシコでデジタル通貨プロジェクトを準備していることが、同社の求人記事から判明した。求人記事はメキシコを最初の立ち上げ国とする新しい決済製品の立ち上げを支援してくれるリーダーを募集している。
Facebookが暗号通貨に参入して、抵抗感が薄れてからというもの、ビットコインの採用に興味を示す企業が増えている。しかし、この暗号通貨はまだスケーラビリティ(拡張性)の問題を抱えたままだ。ビットコインは10分に1回行われる検証プロセスで確定できる取引が1メガバイト分に留まる。
決済ネットワークVisaは、2013年の連休中にネットワーク上で毎秒47,000件(TPS)のピークトランザクションを達成しており、現在は1日平均で数億件の取引が発生している。現在、ビットコインは1メガバイトのブロック制限で1秒間に7回以下の取引をサポートしている。ビットコインのトランザクション1回あたりの平均300バイトを使用し、ブロックサイズに制限がないと仮定すると、ピーク時のVisaトランザクション量47,000/tpsに相当する容量は、平均して10分ごとに、ビットコインブロック1回あたり8ギガバイト近くになる(現状のブロックの8,000倍)。継続していくと、年間400テラバイト以上のデータ量になる。
ビットコインネットワーク上でVISAのような容量を達成することは、明らかに実現不可能だ。世界中の家庭用コンピュータでは、そのような帯域幅とストレージで稼働することができない。ビットコインがすべての電子決済に取って代わるとしたら、将来的には、Visaだけでなく、それはビットコインネットワークの完全な崩壊が起きることになる。
ビットコインを使って毎秒47,000件をはるかに超える高いトランザクションを実現するには、ビットコインのブロックチェーン自体を離れてトランザクションを行う必要がある。マイクロペイメントの手数料が非常に低く、1秒あたりのトランザクション数が多ければ多いほど好ましい。
多くのマイクロペイメントを2つの当事者間で順次送信することで、あらゆる規模の支払いが可能になる、というアイデアがある。マイクロペイメントを利用することで、サービスのアンバンドル化、信頼性の低下、サービスのコモディティ化が可能になる。このようなマイクロペイメントのユースケースを実現するためには、グローバルなビットコイン・ブロックチェーン上でブロードキャストされるトランザクションの量を大幅に減らす必要がある。
このような解決策だと思われたのが、ライトニングネットワーク(LN)と呼ばれる少額決済の仕組みだった。しかし、昨年10月の段階で4つの脆弱性が指摘されており、その解決を待っている段階だ。(脆弱性には"Hodl my Shitsig"等の非常に魅力的な名前が付けられている)。LNの熱心な参加者とは異なり、多くの人にとってビットコインは投機の対象だ。彼らはネットワーク効果が生じているクレジットカードやモバイルペイメント等の選択肢がある中で、とても専門的な素養を必要するLNを選ぼうとはしない。
デジタル人民元とDiemの先駆者利益
日常的に利用される暗号通貨の座に近いのが、中国とFacebookである。
デジタル人民元の仕様については、このニュースレターで詳報したが、最近の実証実験で、大手EC企業の京東(JD)の3つのアプリケーションでデジタル人民元での商品の購入が可能であり、中銀のチームと京東は暗号通貨ウォレットを3つのアプリに統合するのに成功したととれる状況だ。
まだデジタル人民元が証明していないことは、スケーラビリティである。実証実験は特定の都市で、特定の金額を贈る形で行われているが、これが複数の都市にまたがって、あるいは中国全土で実現できるかは、まだわからない。
このAnt Groupのビジネスと技術を調べたブログで詳報したように、2019年の独身の日のショッピングフェスティバルの期間中、アリペイ行われた最大取引件数は1秒間に54.4万件に達したが、アリババクラウドの分散システムは滞りなく処理した。これほど驚異的なスループットを示す決済システムにデジタル人民元はなるのだろうか?
他にも、Alipayは一つの決済に関するデータを少なくとも異なる地域の3つのデータセンターで保持することで、冗長性を担保しているが、中国の広大な国土にデジタル人民元のデータセンターを建設し、それぞれのデータセンターにある分散型台帳がお互いに齟齬がないタイトな運営をすることが可能なのだろうか?
もしかしたら、TencentとAnt Groupと領域を分けながら、デジタル人民元はインクリメンタルなアプローチを取るかもしれない。肝心の中身に関する情報が部分的なため、常に推測の域を出ないが。
デジタル人民元の重要なライバルが、Facebookの暗号通貨Diemである。DiemはFacebookが管理するスイスの財団を本体とし、各国の法定通貨を担保とした暗号通貨である「ステーブルコイン」のバスケットを担保として成り立つ異色の暗号通貨だ。Libra 2.0(Diemに改称する前の名称)から始まったこの複雑な仕様は、規制当局の圧力をかわすために導入されたとみられている。この通貨は暗号通貨の要件を満たすものの、ステーブルコインとしてボラティリティが抑えられ、さらにノードの大半をFBのものとすることで、事実上の「FB通貨」のポジションを確かにしている。
Diemもまた少額決済の問題を解こうとしている。Facebookの研究者が共著した論文(2020年11月)は、FastPayと呼ばれる決済システムを提案している。このシステムは、暗号通貨の決済や不換通貨(フィアット)でのリテール決済をサポートするインフラとして使用できると彼らは主張している。実験では、チームは20もの異なる決済機関との間で、1秒間に8万件以上のトランザクションを達成することに成功した。ピーク時には 16 万 トランザクション/秒を観測した。大陸間での支払い確認の待ち時間が200ミリ秒未満であるという。
またFastpayは比較的低コストで実装が可能なようだ。論文によると、FastPayのテスト実装を Amazon Web Services上に構築するには、3人のエンジニアが約2.5ヶ月の作業を要した。実験では、FastPay は、月に4,000ドル未満のコモディティコンピュータで実行しながら、48コアで150万件のトランザクションの総負荷(Visaの決済ネットワークのピークトランザクションレートの約7倍)の下で、1秒あたり最大16万件のトランザクションをサポートしたと主張している。決済速度のテストでは、FastPayは転送注文と確認注文の両方でパフォーマンスを発揮したと論文は記述している。
果たしてこれが現実の環境で実現可能なのか、またこのFB通貨の流通を認可する国家が存在するのか、非常に気になるところだ。
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参考文献
Ferenc B ́eres et al. A Cryptoeconomic Traffic Analysis of Bitcoin’s Lightning Network. [v3] Mon, 13 Jul 2020 17:39:24 UTC (395 KB). arXiv:1911.09432 [cs.CR]
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“Libra WhitePaperV2". Libra Foundation. April, 2020.
Zachary Amsden et al. The Libra Blockchain.
The Ontology Team. "HotStuff: the Consensus Protocol Behind Facebook’s LibraBFT". Jun 26, 2019
Maofan Yin, Dahlia Malkhi, Michael K. Reiter, Guy Golan Gueta, Ittai Abraham. HotStuff: BFT Consensus in the Lens of Blockchain arXiv. Submitted on 13 Mar 2018.