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Plaidが7日、シリーズDで4億2500万ドル(約467億円)を調達したと発表した。Altimeter CapitalがリードしたラウンドのPlaidの企業価値は約134億ドル(約1兆4716億円)だとTechCrunchは報じている。
Plaidは、2013年に設立されたカリフォルニア州サンフランシスコに拠点を置く金融サービス企業。Plaidは、膨大な種類のアプリが金融機関と通信するための技術的な統合を提供し、APIを使ったオープンバンキングを実現している。Plaidの製品は、アプリがユーザーの銀行口座と接続するのを可能にする。アプリやWebサイトで銀行口座から支払いをしたことがある人は、Plaidの技術が関わっている可能性が高い。Venmo、Stripe、TransferWise、Robinhood、Coinbaseなどは、Plaidに接続している11,000の金融機関(2億の消費者アカウント)の一例だ。同社は、米国、カナダ、英国、フランス、スペイン、アイルランド、オランダで事業を展開している。
Plaidは、銀行とフィンテックサービスをつなぐAPIを提供するというサービスの性質から膨大な量の消費者データにアクセスできるようになった。Plaidは、米国の主要な金融データ集約会社と呼んでもいいだろう。
2020年1月13日、VISAはPlaidを53億ドルで買収する意向であることを発表した。興味深いことに、VisaとMastercardの両社は、初期の段階ではあるが、匿名の出資者だった。そして、同社が提示した53億ドルという価格は、当時のPlaidの評価額の正確に2倍であり、Visaの強い動機を示している。
その後、データプライバシーや独占禁止法上のリスクを理由に米司法省の反対を受け、VISAはこの買収を断念した。このため、資金調達を再開した。同社の2020年の業績はコロナブーストで著しく改善しており、企業価値はVISA買収価格の2.5倍に達することとなった。Plaidはいま、買収が成就しなかった報酬を享受している。
なぜVISAはキラー買収を目論んだか
一連のVISAの行動は近年、「キラー買収(Killer Aquisition)」と形容されている。大企業の圧迫により新興企業の命運が立たれる事業領域のことを「キルゾーン」と呼ぶ。
既存企業は、新興企業が自社の市場での地位とまではいかなくても、少なくともその利益率に挑戦できる競争相手になることを恐れて、買収を行う。キラー買収は、防御的買収(支配しているエコシステムへの参入を防ぐ)である場合もあれば、攻撃的買収(参入しようとしているエコシステムから、競合他社を排除する)である場合もある。したがって、この戦略は、潜在的なイノベーションの抑制を通じた支配的地位の強化であり、反競争的な戦略であるというのが近年の米規制当局の考え方だ。
新興の競争相手を排除することにより、市場の競争性を阻害することが可能であるという主張の起源は、1990年代末に米国で開始されたマイクロソフトに対する訴訟にさかのぼる。
デビットカードは、VISAが独占しているビジネスだ。ここ数十年で急速に普及したデビットカードは、顧客の銀行口座からの引き出しを承認することで買い物をすることができる。VISAは、購入者の銀行と加盟店の銀行を結ぶシステムを運営している。このサービスのために、加盟店はVISAとカードを発行した銀行に手数料を支払う。他社も同様のサービスを提供しているが、VISAが圧倒的な存在感を示している。2019年、VISA米国内のオンラインデビット取引の約70%を処理し、約20億ドルの利益を生み出した。
その優位性を脅かすのが、Plaidだった。オンラインでのデビット決済処理において、Visaが独占状態になっていたが、Plaidはこのデビットの独占に挑戦する技術を開発したという。Plaidはその技術と11,000の銀行とのつながりを利用して、「Visaの決済処理やデビット事業に対抗する銀行連動型の決済ネットワーク」を構築することを計画していた。Plaidは2021年内にはVISAの半分の料金で同様のサービスを開始する予定だった。
このため、VISAはアメリカの大企業が常套手段としていることを実行に移した。競合他社の脅威を排除するために、高額な取引価格を約束して、その新興企業を買収することに合意した。
司法省はこの買収を反トラスト法違反として訴えた。司法省は過去4年間、国益よりもトランプ大統領の利益を優先することで、その信頼性を破壊してきた、と考えられている。独占禁止法の施行も例外ではない。司法省は、自動車4社が自主的に排出量を削減する合意を調査するなど、大統領の敵に対する訴訟を提起してきたが、T-MobileによるSprintの買収を認めるなど、大統領の友人に対する訴訟の提起は断念した。しかし、VISAへの訴訟に関しては、トランプの友人も敵も関わっていないようだった。
訴状によると、あるVISA社の幹部は、プレイド社の可能性を「その先端が水面に出ている火山」と表現したという。VISAは、2024年までにオンラインデビット事業の4分の1を失う可能性があると見積もっている。同社の最高経営責任者(CEO)は、Plaid社の買収は「保険」であると述べています。彼は投資家に対して「このビジネスを守るために必要なことを常に行わなければならない」と語った。
ロンドン・ビジネス・スクール助教授のColleen Cunninghamらは、キラー買収の代表的な研究で、この現象を説明するモデルを開発し、製薬業界のデータを用いて検証した。買収された医薬品プロジェクトが買収企業の既存の製品ポートフォリオと重なっている場合、特に競合が弱く、特許満了が遠いなどの理由で買収企業の市場力が大きい場合には、その医薬品が開発される可能性が低くなることを示している、と指摘している。
参考文献
Marty, Frédéric M. and Warin, Thierry, VISA Acquiring Plaid: A Tartan Over a Killer Acquisition? Reflections on the Risks of Harming Competition Through the Acquisition of Startups Within Digital Ecosystems (November 26, 2020). Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=3738299 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.3738299
Cunningham, Colleen and Ederer, Florian and Ma, Song, Killer Acquisitions (April 19, 2020). Journal of Political Economy, Vol. 129, No. 3, pp. 649–702, March 2021 , Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=3241707 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.3241707
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