フィンテック大手のPayPalのCEOダン・シュルマンは投資家との直近の会合で、中国のWeChatやAlipayのように、モバイル決済、ショッピング、投資、貯蓄、家計簿、暗号通貨取引等の機能を単一のプラットフォームに統合した「スーパーアプリ」への変身を目指していると述べた。
より多くの消費者がクレジットカードや現金の使用など、物理的な接触を避けるためにデジタル決済を行うようになるという消費者行動の変化で、PayPalはパンデミックの最大の勝者の1社となった。
PayPalは、3,700万近くのマーチャントアカウントを含む、3億7,700万の消費者アカウントで2020年を終えた。過去12ヶ月間に約7,300万人の新規契約者を追加した。
「そのため、2020年にはこれまで以上に多くの優れた商品を導入した。今すぐ購入、後払い、暗号通貨やQRコードなどの商品だが、それらはすべて驚くほどのスピードで規模を拡大しました。これらの新しいコホートたちは、以前のコホートたちよりも多くのPayPalを利用しており、これは驚くべき成果だ。これは単にパンデミックのせいではない。私たちは、企業として、質の高いネット上の新しい活動を生み出し、関与させることができるようになった」。
シュルマンは、2025年までに7億5000万人のユーザーを抱え、現在のユーザー数のほぼ2倍となる成長を見込んでいると述べた。ユーザーの目覚ましい成長とともに、PayPalは、今後5年間で年率20%の収益成長率と、決済量が3倍になると強気の予測をしている。
PayPalの「スーパーアプリ」の可能性
PayPalの発表は、銀行、Stripe、Square、Affirmなどのフィンテック企業、そしてGoogle、Amazon、Appleなどの大手テック企業の間で起きている消費者のデジタル財布をめぐる戦いの激化を浮き彫りにしている。これらのプレイヤーはWeChatのような中国の先駆者がそうしたように、顧客のショッピングや支払い体験を包括的に支配しようとしている。
スーパーアプリがやろうとしていることは、別々のアプリを一つのアプリの中で接続されたエコシステムに変えることであり、アプリ間のデータや情報を合理化してコントロールすることができ、買い物をする行為と支払いをする行為の間のデータや情報を管理することができる。そして、この共通のプラットフォームと共通のデータがあれば、機械学習が有効に働き、消費者にパーソナライズされたおすすめの商品を提供できる。このような連環が生まれると、競争相手にはそこに入る隙間がなくなる。
シュルマンは、そのスーパーアプリのためのPayPalの中核的な柱は、支払い、ショッピング、金融サービスになると説明した。真のスーパーアプリになるためにはPayPalは消費者が簡単に加盟店間で接続されているオンラインおよびオフラインのデジタル決済オプションを提供する必要がある。PayPalは最近、暗号通貨取引、店頭での支払いオプション、分割払い(Buy Now, Pay Later)の機能を開始したが、これらはスーパーアプリという目標に整合する。
Venmoの消費者行動
PayPalが発表した以外にも、PayPalが所有するVenmoにも新サービスが予定されている。VenmoはPayPalのユーザーの3分の1近く(6,500万人の消費者)を占めているが、PayPalの収益の4%に過ぎない。サービスの収益化はPayPalにとって最も重要な課題であり、Venmoのユーザーベースは、一般的な米国の消費者よりも若く、わずかに裕福であることが特徴だ。
最近の発表によると、Venmoは以下のような新機能の提供を予定している。
Venmoアプリ内で暗号通貨を売買・保有し、資金源として利用する機能。
Pay with Venmoの完全な展開。
サブスクリプション管理と請求書支払いサービス。
ビジネスプロファイル(Venmoアプリ上でスモールビジネスの説明を提供するサービス。
新しく開始されたVenmoクレジットカードの継続的な展開。
Honeyのウィッシュリスト、価格監視ツール、プロモーション、クーポン、リワードの提供をVenmoアプリ内に統合。
PayPalが委託した「Venmoユーザー行動調査」によると、現在のVenmoユーザーは、競争が激化する決済市場で高く評価されている。調査によると、以下のことがわかった。
Venmoユーザーの65%がオンラインでの購買行動を増やし、65%がCOVID以降、店頭での購買行動を減らしている。
調査対象となった米国のVenmo顧客の60%が、リワードが提供されていれば支払い方法としてVenmoを使用する可能性が高いと回答した。
Venmo顧客の40%は、お気に入りのウェブサイトやアプリから特典が提供されていれば、より頻繁にVenmoで支払うと回答している。
Venmoは、Venmoのお客様にとって、サービスの支払い時に現金やカードに次いで最も好まれるチップ方法だ。
Venmoのお客様の30%が、アカウントに簡単にお金を追加できる方法があれば、より頻繁にVenmoで支払うと回答している。
89%の消費者がVenmoでの支払いを好んでいる理由は、ブランドへの信頼、使いやすさ、取引を分割できることなどが挙げられている。
残された疑問
さて、いくつか大きな疑問が残っている。1つ目は、中国や新興国で有効な戦略が、欧米でそのまま移植可能かということだ。FacebookやUberもスーパーアプリ化を試みたが、思わしい結果を出せないでいる。このLineのスーパーアプリの試みを検証した私のブログでは、スーパーアプリが成立している国に共通する3つの特徴を指摘している。
新興国のモバイルインターネット。スーパーアプリの適用が進む中国、東南アジア、インドでは、モバイルのみでインターネット体験を完結させるユーザーが多数を占め、モバイル以外でのネット経験のない人も含まれる。ユーザーのデジタル行動の大半がモバイルに集約される傾向がある。
検索の存在感の弱さ。スーパーアプリの原型が生まれた中国では、百度(Baidu)はBATの一角からこぼれ落ち、西側のGoogleほどの検索のプレゼンスがない。検索はインターネットサービス群のゲートウェイになっているが、検索が弱ければ、スーパーアプリがその座を取れる。
アプリストアの支配力の弱さ。中国のAndroidの大半は、Googleが断片化と呼び、問題視するものであり、グーグルプレイストアは重要な役割を果たしてはいない。中華スマホにはアプリストアをバイパスする別個のアプリストアがプリインストールされている。Appleのポリシーも中国では、他の欧米諸国や日本でみられるような支配力を示さない。WeChatのなかの約6万のミニプログラムの中でのトランザクションについて、Appleは「アプリ内購入」とみなし、相応の手数料を収めることをテンセントに要求し続けてきたが、Appleが満足行く結果は得られたことはない。
米国はこの3つの特徴を満たしていないように見える。インターネットは近年モバイルへの移行が進んでいるものの、デスクトップからインターネットが普及した経緯を踏まえたユーザー行動がある。Google検索は強く、他社の追随を許していない。さらにアプリストアの支配力は、現在米国と欧州で進行しているEpic GamesとAppleの訴訟をみれば、それが簡単には揺るがし難いことがわかる。
また、もう一つの疑問は、スーパーアプリを実行するとしたら、それはPayPalでやるのか、それともVenmoでやるのか、ということだ。収益と取引総額のほとんどはPayPalからもたらされているから、PayPalになるのだろうか。そのときVenmoのポジションはどうなるのか?
*参考文献はリンクで示した。
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