平日朝6時発行のAxion Newsletterは、デジタル経済アナリストの吉田拓史(@taxiyoshida)が、最新のトレンドを調べて解説するニュースレターです。同様の趣旨のポッドキャストもあります。ぜひご登録ください。
要点
NVIDIAがArmを買収することでArmのライセンシー企業たちはNVIDIAが何らかの戦略を実行する可能性に怯えだした。世界中のチップベンダーはArm以外の選択肢として、RISC-Vへの投資を積みましている。
半導体大手ザイリンクス(Xilinx)のCEOであるVictor Pengは、先週金曜日にZoom経由で行われたZDNetのインタビューで、NVIDIAがArmを買収することで、顧客がオープンソースの命令セットアーキテクチャ(ISA)であるRISC-Vに移行する可能性がある、と指摘した。
「私たちはRISC-Vと関係を持っているが、これは(Armの)代替手段として素晴らしいものだ(中略)人々が公平な競争だと信じられるようなガバナンスを構築するか、あるいは、長い時間がかかるかもしれないが、(Armの)競合他社を存在させるかだ。(中略)この結果を見守っているArmライセンシーは、当社だけではない。本当に公平な競争の場になるのか、それとも(NVIDIAが)何か戦略的なことをしようとしているのか、見定めることになる」
NVIDIAは9月、AppleのカスタムAシリーズやM1を含む世界の大部分のCPUの基礎となる知的財産(IP)を管理しているArmを、現在の所有者であるソフトバンクグループから現金と株式で400億ドルで買収すると発表した。
一方、ザイリンクスは、昨年10月に発表されたアドバンスト・マイクロ・デバイシズ(AMD)社による340億ドルでの買収を進捗させている。AMDもザイリンクスもArmの知的財産に依存しているが、チップベンダーとしてNVIDIAと競合している。この戦略的な状況は、インテルやクアルコムを含む数多くのチップベンダーに当てはまる(詳しくはこちらの記事とポッドキャスト)。
NVIDIAは先月、データセンター向けCPU「Grace」など、サーバー向けCPUへのより広範な進出を発表したが、これにはArmの知的財産が活用される可能性が高く、将来的にNVIDIAはインテルやAMDの陣地に入り込もうとすると予感させる(詳しくはこのニュースレター)。
RISC-V利用の進展
RISC-Vは、2010年にカリフォルニア大学バークレー校の研究者によって開発された。RISC-Vは、プログラマーと彼らが書いたソフトウェアがコンピュータのハードウェアを直接制御することを可能にする数多くの命令セットアーキテクチャ(ISA)の一つ。オープンソースのRISC-Vは、柔軟性に優れているため、ストレージ大手のシーゲートやウェスタン・デジタル、中国のアリババなどの企業や、米国防高等研究計画局(DARPA)が支援するプロジェクトなどで、ますます人気が高くなっている。
Armはチップアーキテクチャと命令セットを一括にしてライセンス販売しているが、Armのライセンス料の科し方や複雑化し柔軟性に欠けた契約体型は、製品サイクルが短くなったインターネット・オブ・シングス(IoT)時代のハードウェアの要件と齟齬をきたしている。これに対し、RISC-Vコミュニティはオープンソースでカスタマイズ可能な命令セットを提供するため、ベンダーは自分でチップを設計するか、あるいはSiFiveのようなファブレス業者から安価な設計書を買い取るかすることで、高額なライセンス料を支払うことなく、チップの設計を完了できる。
NVIDIAは、Armアーキテクチャの所有者であるArmの買収を進めている間も、RISC-VアーキテクチャをGPUチップに採用している。また、インテルは、x86、ARM、RISC-VのいずれかのISAを採用したチップを他社に供給することを目的としたファウンドリー事業を拡大しており、RISC-Vの採用を加速させるかもしれない。
2020年にスイスで設立された非営利団体(NPO)であるRISC-V Internationalは、現在、メンバーの約3分の1が北米に、さらに3分の1が欧州に、そして37%がアジア太平洋地域に属している。後者はRISC-Vの導入が急速に進んでいる地域で、インドやパキスタンなどではすでにRISC-Vを自国のISAとして採用し、自国のチップ開発に活用している。
また、中国のテクノロジー企業の多くが依然としてArmやx86アーキテクチャに大きく依存しているにもかかわらず、中国はRISC-Vの主要な採用国としての地位を確立した。NVIDIAが400億ドルを投じてArmを買収しようとしていることで、米国の輸出ブラックリストの影響を受け、中国企業がArmアーキテクチャを継続的に使用することが難しくなるのではないかという憶測もある。
2019年、アリババは、半導体子会社のPingtou Geを通じて、RISC-VアーキテクチャをベースにしたXuanTie 910プロセッサを開発した。XuanTie 910はデータセンターでの利用が見込まれており、AmazonがArmベースで開発したGravitonをRISC-Vでなぞったものに見える。おそらく、中国への半導体輸出に制限を加えるようなチップアーキテクチャの「デカップリング」が起きるシナリオに備えているだろう。しかし、Armは中国の顧客を確保したいと考えているようだ。
Armアーキテクチャは、2019年時点で、スマートフォンでは95%、全種類のチップやプロセッサでは34%という圧倒的な市場シェアを持っている。しかし、ArmはRISC-Vの人気が高まっていることを認識している。ただ、オープンソースのハードウェアが量産チップに広く採用されるためには、検証やサポートの面でいくつかの課題があることも指摘されている。現状、RISC-Vを採用した企業には、ライセンスに伴うコスト削減と引き換えに、検証、物理設計、ソフトウェア開発の費用が生じている。
RISC-V Internationalは、このような課題を認識しているようだ。現在、組織には数十の技術ワーキンググループがあり、RISC-Vアーキテクチャがさまざまな規格に対応していること、複数のチップアプリケーションのニーズに対応していること、強力なチップセキュリティを実現していることなどを確認している。
RISC-Vのオープンソース化とライセンスフリーは、競争力の源泉であり、企業が自分の運命をArmではなく自らコントロールできるようにする。これは、Linuxが先に示したことであり、RISC-Vコミュニティが模倣したいと考えていることだ。
*他の参考文献はリンクで示した。
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