CRM(顧客関係管理)ソフトウェアのSalesforceは、チャットツールを手掛けるSlackの買収を検討している、とウォール・ストリート・ジャーナル紙が報じた。関係者によれば、両社は交渉しており、来週にも取引を発表の可能性がある。
Slackの時価総額は買収交渉報道を受けて220億ドル(約2兆3,000億円)付近をつけており、実現すればSalesforceにとって過去最大の買収案件となる。同社は昨年、データ分析・チャート作成ソフトウェアのTableauを153億ドルの株式交換で買収していた。
Salesforceは合併買収に非常に積極的な会社として知られる。以前、同社取締役を務めていたコリン・パウエル元国務長官から同社の買収リストが漏洩した際、ほぼ同規模の競合他社Adobeが入っていたことが業界を驚かせた。
Slackは2013年にオンラインゲーム「Glitch」を開発するTiny Speck社の社内ツールとして誕生した。さまざまな職種の間でコラボレーションするために社内のエンジニアが開発した。そのチャットツールは1990年代に生まれたインターネット・リレー・チャット(IRC)とよばれるサーバーを介してクライアントとクライアントが会話をする枠組みから生まれた。このTiny Speck社はFlickrの共同創業者であるStewart Butterfieldが創業した会社で、Butterfieldは同年、チームと共にSlackを創業した。
Slackは、ソフトウェアエンジニアから火が付き、メールにうんざりした人びとの支持を得て、ユーザーベースを順調に拡大。2019年1月にはDAUが1,000万人を突破したと発表した。同社は同年4月にNYSEにダイレクトリスティング(直接上場)を遂げた。
しかし、Slackには悩みの種が生じていた。それはMicrosoftが投入した競合製品Teamsだ。Office 365、Skype for BusinessからAzure Cloudまで、企業のビジネスラインとIT部門の両方に深いつながりを持っているMicrosoftは、それらを十二分に活用することで3年半でSlackに追いついた。
具体的には、Microsoftは、Office 365のビジネス顧客の多くがTeamsを追加料金なしで利用できるようにした。Office 365のビジネス用有料版のアカウントは2億6,000万以上に上るため、効果的なユーザー数の増やし方だ。それから、Slackにはない強力な営業部隊がTeamsを利用することを顧客に熱心に勧めた。
Microsoftは2019年7月、TeamsがSlackの日間アクティブユーザー数(DAU)を追い越したことを明らかにした。以降は、Teamsがリードし続けていており、2020年4月時点で、TeamsのDAUは7500万人に上ると発表する一方、Slackは3月下旬の時点で、「同時接続するユーザー数」は1,250万人と説明している。その差はかなり大きい。
Slackは2020年7月、Microsoftが競争を消滅させるために市場支配を乱用しているとして、欧州連合(EU)にMicrosoftを提訴したと発表した。Slackは訴状の中で、Office 365をバンドルする手法を反競争的な行為と主張した。欧州委員会による調査が進行中だが、The Informationによると、Microsoftは、今年に入ってから在宅勤務をする人が急増したことで、ビデオ会議の取り扱いを含むSlackの製品の欠点がより明らかになり、それがTeamsに利益をもたらした、と欧州委員会に対し主張しているという。
SalesforceとMicrosoftの仁義なき戦い
一方、Salesforceもまた、長い間Microsoftと競争を繰り広げてきた。マーケティングではMarketing CloudとDynamics 365 for Marketing、営業支援ではSales CloudとDynamics 365 for Sales、カスタマーサポート支援ではService CloudとDynamics 365 for Fiels Service、ビジネスインテリジェンスでは昨年買収したTableauとPower Platformという具合に、エンタープライズ市場の広範な分野で競合している。
SalesforceはTeamsに当たる製品を持っていないため、Slackを買収することは理にかなう。SalesforceがSlackを買収した場合は、Teamsがビデオ会議機能を提供することでリモートワークのハブとしての役割を強めることを構想しているかもしれない。
Microsoftが最初にCRM市場に飛び込んだのは、2001年のGreat Plains社の買収の後だった。これにより、Microsoft CRMが誕生し、最終的に Microsoft Dynamicsへと発展した。ただし、Salesforceが早期に市場に参入し、高機能のCRM製品を開発し、それをサブスクリプションモデルで提供する一方、Microsoftには、Salesforceの機能に匹敵するクラウドベースのソフトウェアの提供が欠けており、従来のライセンス契約型のビジネスモデルに執着し、Salesforceの後塵を拝してきた。
しかし、2017年に製品群がDynamics 365にリブランドされ、機能が追加されていく中で、Dynamics 365はSalesforceが無視できない相手になった。いまでは「企業と顧客を結ぶためのエンタープライズサービス」の全てのカテゴリに渡る競争へと発展した。Microsoftが10月に発表した2021会計年度Q1の決算は、Dynamics 365の収益が38%増と報告している。
大きな市場の存在に気がついた、後発のビッグテック企業に脅かされる新興企業という点で、SalesforceとSlackには共通点があり、それがこの買収に一定の説得力を与えているように見える。
参考文献
中川 雅博. Eメールの時代は終わる?「Slack」の隠れた威力 CEOが語る経営、ものづくり、生い立ち(前編). 東洋経済オンライン. 2019年11月.
中川 雅博. 丸太小屋で育った「Slack」創業者が貫く信念 CEOが語る経営、ものづくり、生い立ち(後編). 東洋経済オンライン. 2019年11月.
Slack ユーザー数全世界で1,000万人到達!. Slack.
Ed Bott. Slack vs. Microsoft Teams: Sorry, Slack, your complaint is a joke. ZDnet. July 23, 2020.
Mark Di Stefano, Nick Wingfield. Microsoft Bashes Slack Complaint in European Antitrust Filing.
Daniel Newman. Salesforce is finally getting some real competition — and it’s from Microsoft. Marketing Watch. Sept. 15, 2018.
Earnings Release FY21 Q1. Microsoft.
Photo by Scott Webb on Unsplash