損害保険大手SOMPOが出資する米データマイニング企業パランティア(Palantir)のビジネスはトランプが大統領に就任して以来繁栄している。同社がトランプ政権の2年半の間に交わした米政府との契約からの収益は、オバマ政権の8年の合計を上回るほどだ。しかし、10月に投票される大統領選挙で、トランプが落選した場合、寵愛を受けてきた請負会社の運命が問われることになる。
シリコンバレーでは孤立しながらもトランプ支持を打ち出した共同創業者ピーター・ティールには、政権との間に堅い仲がある。トランプが当選した直後に開かれた大統領と大手テクノロジー企業CEOの会談では、パランティアは会社の規模で不相応にも関わらず、トランプのもてなしでGAFAMと同じテーブルについた。
株式上場は情報公開を求めるが、市民の網羅的監視、テロリストの追跡(ウサマ・ビンラディンの居場所を特定したと噂される)、軍事攻撃の支援など、パランティアは開示したくない情報で溺れそうだ。本来は上場を目指す会社ではない。
パランティアは長年にわたり、同社はCIA、NSA、国防総省の特殊作戦司令部など、政府の最も機密性の高い機関のいくつかと仕事をしてきた。ヤフーニュースのDC支局長のシャロン・ウェインバーガーによるパランティアに関係した防衛、諜報関係者十数人へのインタビューを基にした調査によると、同社が大成功を収めたのは、技術的に優れているからではなく、インターフェイスが他の防衛請負業者によって作成された代替品よりも洗練されており、ユーザーが使いやすいからだ、という。
2017年1月には、ティールは、2009年にオバマが任命し、トランプの下でその役職を継続した国立衛生研究所のフランシス・コリンズ所長と会談した。学生研究者のアンドリュー・グラナートが入手し、BuzzFeed Newsと共有したメールによると、彼らの会話では、若い科学者をポスドクプログラムや慈善家が資金を提供する研究での訓練から「解放」する方法について話し合っていたことがわかった。彼らはまた、ティールが個人の筆頭株主であり、会長を務めているパランティアについても話し合った。
2019年には、パランティアは競合他社のDCGS-Aが提供する8億7,600万ドル相当の10年契約を獲得した。同年、同社は移民税関捜査局との複数年契約を更新し、そこでパランティアのソフトウェアは、強制送還のために移民の家族をターゲットにするために使用されてきた。4月には、競合他社からの入札を募ることなく、保健福祉省は、全国のCOVID-19データを追跡するために、パランティア社に約2500万ドルを支払った。また、5月には退役軍人局は「COVID-19の発生地域を追跡・分析」し、サプライチェーンのキャパシティ、病院の在庫、検査室の診断に関するタイムリーなデータを提供するために、パランティアのソフトウェアに500万ドルを支出した。
ただし、トランプとの関係は常に順風満帆だったわけではない。同社はこれまでワシントンで最大の支持者を2人失ったことがある。1月には下院委員会でパランティアを使用しない部隊を執拗に非難したことのあるダンカン・ハンター下院議員が汚職を認めて議員を辞職した。そして、2012年から2014年まで国防情報局長官を務め、パランティアの導入を推し進めてきたトランプの大統領補佐官(国家安全保障問題担当)のマイケル・フリンは、FBIに嘘をついたことを認め、辞任せざるを得なかった。
しかし、ティールの側近の1人は、パランティアにとって最も重要な2つの場所で高位のポストを占めている。2019年には、ティールの元チーフスタッフであるマイケル・クラチオスがホワイトハウスのチーフテクノロジーオフィサーに任命され、トランプのトップテクノロジーアドバイザーの一人として活躍していた。7月には、「政治学」の学士号を持つ33歳のクラチオスがペンタゴンの主任技術者代理に就任し、元NASA長官で航空宇宙工学の博士号を持つマイク・グリフィンの後任となった。政治学学士が主任技術者の職につくというわけだ。
民主党政権はパランティアの悪夢
パランティアが上場によるインサイダー(現職あるいは元従業員や投資家)の出口戦略を急いだ理由として、同社に繁栄をもたらしたトランプ大統領の落選シナリオをヘッジする目的があるだろう。
バイデンが当選した場合、パランティアの受注に逆風が吹くことは間違いがない。民主党のアレクサンドリア・オカシオ・コルテス下院議員が米国証券取引委員会(SEC)に提出した書簡は両者の緊張関係を説明している。
バイデン大統領が誕生したときには要職での起用が噂されるコルテスは9月中旬に提出した書簡のなかでパランティアについて調査するよう同委員会に要請していた。書簡の中で同議員はいくつかの懸念事項を挙げているが、彼女の主な不満は、新興企業がそのビジネス慣行に関する情報を完全に開示していないこと、それから「将来の投資家に重大なリスクをもたらす可能性のある国家安全保障上の問題」だったという。
オカシオ・コルテスによると、開示漏れの1つは、CIAのベンチャーキャピタル部門であるIn-Q-Telからの資金提供であった。パランティア社の2009年の株主報告書では、In-Q-Tel社がパランティア社の株式を10%保有していたことが明らかになっているが、同社の2020年のS-1申告書では、In-Q-Tel社がパランティア社の株式を何株保有しているかについては言及されていなかった。パランティアは、ベンチャー企業グループのウェブサイトにIn-Q-Telの投資先企業の1つとして掲載されている。
パランティアの外国政府との契約についても言及されており、その中にはカタールのような「汚職行為や人権侵害を行っていることで知られている」政府が関与しているものもある、とオカシオ・コルテスは書簡に書いている。
パランティアの国内契約も批判を浴びている。米国移民税関執行局(ICE)との契約は、議会のヒスパニック系コーカスの15人のメンバーからの監視下に置かれており、彼らはパランティアが人々の健康データをICEと共有しているかどうかを疑問視していた。オカシオ・コルテスのSECへの書簡では、データのプライバシーがもう一つの懸念事項となっていた。アムネスティもパランティアがICEによる人権侵害に寄与したと非難している。
ティールはトランプの落選を想定している?
同時にティールはトランプの再選について悲観的なようだ。それを象徴するのが、ティールがトランプの再戦キャンペーンから距離を置いていることだ。
ウォールストリートジャーナルの報道によると、ティールはCOVID-19が何千万人ものアメリカ人を失業させた後、トランプ大統領に大いに不満を持つようになった。ティールは、2016年の共和党全国大会で演説し、その年に彼の選挙運動や他の政治団体に125万ドルを寄付するなど、トランプ大統領の主要な応援者だった。フェイスブックの初期投資家の1人になる前にペイパルの共同設立で財を成したティールは、今年はトランプの選挙運動に寄付する予定はなく、ティールの興味は議会での共和党の勝利に向けられているとされている。
したがって、トランプが負けたときに備えて、株を売りたいパランティアの現職、退職済みの従業員はたくさんいるはずだ。これがかなわないと、社内に緊張を生まれたり、士気を低下させたりする。パランティア株がプライベート市場に十分な買い手がいないのなら、公開市場に足を踏み出すよりほかない。
パランティアのSECへの提出文書によると、完全希薄化後の発行済株式数21.7億株。このうち取引開始日から売却が認められた普通株式は4億7,580万株。この4億7,580万株は、(1) 発行済ストックオプションの行使により発行される株式を含む普通株式4億770万株と、(2) 上場に関連して発行される譲渡制限株式ユニット(RSU)の権利確定により発行される普通株式6,810万株で構成されている。RSUは上場に関連して合計6,810万株のA種普通株式に権利が確定し、決済される運びだ。
つまり、上場とともに売却が認められた4億7,580万株は従業員の株だ。これにより17年の長い道のりの一部か全てに付き合った従業員たちにリターンが提供されたと考えられる。おそらくこれがこの上場の主たる目的だ。
一方、SOMPOを含む残りの78%の株式のホルダーは12月末日までのロックアップ期間中は株式を売却できない。直接上場(ダイレクトリスティング)の利点の一つがロックアップがないことだが、不思議なことにパランティアの直接上場にはそれが含まれている。パランティアは従業員のエグジットを優先したということだ。
SOMPOは大統領選挙後までロックアップ
上場前に調査会社PitchBookが、パランティアの企業価値を類似企業の株価売上高倍率(PSRマルチプル)を使用して、88億ドルと算定していた。7月にパランティアは1株4.75ドルで株式を売却して4億1,050万ドルを調達したが、これは約78億ドルの企業価値に相当する
しかし、上場に向かって外的に表現される企業価値の「モメンタム」は急激に上昇した。リスティング直前にウォールストリートジャーナルが、事情に詳しい情報筋が時価総額220億ドルに達するとする検証不可能な記事を出し、その後、NYSEは直接上場時に提示される“参照価格”が7.25ドル(時価総額は157億ドル)とした。
当日の取引は、最高値の11.42ドルまで株価が上がり、そこから下方方向にもみ合い、初日の取引は9.5ドル(時価総額210億ドル)で終了している。最高値のときに、従業員の株式が売り出されはじめたと考えていいだろう。念願通り、従業員はプライベート市場での値付けよりも高い価格でのエグジットがかなったはずだ。
問題は、残された78%(SOMPOや富士通を含む)の株式を握る投資家たちだろう。彼らはトランプ落選シナリオと市場の精査に直面する可能性がある。
9月11日のニュースレターで書き、こちらのブログでもすでに書いたので詳しくは繰り返さないが、パランティアの事業形態は伝統的なSierと変わりがない(むしろSierの方が利益を出している)。この会社を優秀なSaaS企業と同様のPSRマルチプルで測るのは誤りだろう。PitchBookが算定した88億ドルの周辺が実勢価格に近い可能性が高い。
トランプの魔法が解けたあとも「パランティア城」に縛り付けられる、SOMPOや富士通を含む株主たちには茨の道が待っているかもしれない。
Photo: "Donald Trump Sr. at #FITN in Nashua, NH" by Michael Vadon is licensed under CC BY-SA 2.0
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