中国国務院は11月初めに15年間の電気自動車に関する計画を発表し、2025年の国内の新車販売台数に占める「新エネルギー車」(NEV)の比率を20%前後に高める目標を打ち出した。国務院は15年後には、電気自動車(BEV)とハイブリッド電気自動車が、新規販売台数の約50%を占めるようになると予測。特にBEVの需要は強く、NEV販売の95%を占めることになると想定している。
パンデミックの影響で、2020年の最初の5ヶ月間に中国のNEV市場は39.7%縮小したが、専門家は国が2060年までにカーボンニュートラルになるという公約を掲げているため、長期的な成長については前向きな見方をしている。
この計画は、中国が電気自動車をめぐる競争において世界をリードすることを意図したものだ。内燃機関を伴ったガソリン車では、中国メーカーは欧米日のメーカーの後塵を拝している。ガゾリン車に必要な10万点の部品の供給網を整備するのは長いスパンの投資が必要だ。
しかし、BEVの性能向上とともに、新しい機会が登場した。BEVは内燃機関を含まない分、シンプルな設計が可能だ。今度は搭載するコンピュータ、制御装置、ソフトウェア、自動運転技術、バッテリー(電池)などの競争が始まることになる。後続者の中国にとって好ましいゲームだ。
BNEF、中国がランキングトップ
前回のニュースレターでは電池がBEV開発の最重要ポイントであることに言及し、そのサプライチェーンで中国がリードしていると指摘した。
BloombergNEF(BNEF)が9月に発表した世界リチウムイオン電池サプライチェーンランキングでは、過去10年間のトップを占めていた日本と韓国を追い抜いて、中国がトップに立っている(図1)。
このランキングでは、サプライチェーンに関連する、原材料、セルおよび部品製造、環境、RII(規制・イノベーション・インフラ)、EVおよび定置型ストレージという5つの主要テーマで各国をランク付けしている。
報告書は、中国の成功は、72ギガワット時(GWh)という大規模な国内電池需要に加え、世界の原材料精製の80%以上、世界のセル容量の77%以上、世界の部品製造の60%以上をコントロールしていることによるものであると指摘している。
日本は2位、韓国は3位。両国はバッテリーと部品製造のリーダーであるが、BNEFは、原材料の精製と採掘においては、東アジアの相手国ほどの「影響力を持っていない」と述べている。しかし、原材料のサプライチェーンのコントロールに欠けている点は、中国と比べて環境とRIIのスコアが高いことで補っている。
図1. リチウムイオン電池サプライチェーンランキング。中国が首位。日本が2位、韓国が3位。
CATL
中国の電池業界を引っ張るのは寧徳時代新能源科技股份有限公司(CATL)という新興企業だ。CATLのトップである曾毓群(Robin Zeng)会長は、Appleの「MacBook」の電池技術に関わっていたエンジニア。彼は創業からわずか10年足らずで同社を中国を代表する電池メーカーに育てた。
2011年に創業したCATLは、世界最大のEV市場である中国で急成長を果たした。2019年にはドイツ・テューリンゲン州に初の海外工場を建設したほか、アメリカでの工場建設も視野に入れる。
2020年1~6月の中国リチウムイオン電池市場では、CATLは48.3%、BYDは14.0%のシェアと上位2位を占める。販売好調のテスラモデル3にリチウムイオン電池を供給したLG化学とパナソニックは大きく躍進し、初めて3位と4位にランクイン。トップ4社の合算シェアは78.5%となり、寡占化が進行するなか、2019年の収益は67.6億ドル(前年比54.63%)と急速に向上している。
CATLは研究開発を非常に重視。2019年には研究開発に約4億4670万ドルを投資し、前年比50.28%増となった。研究開発に従事するCATLのスタッフは5,364人で、うち1,943人が修士号、143人が博士号を取得。研究開発体制は、材料研究、製品開発、技術設計、試験検証、インテリジェント製造、情報システム、プロジェクト管理などバリューチェーンの隅々をカバーしている。
2020月2月、テスラはCATLと電池供給について合意したと報じられた。テスラに2年間(2020年7月~2022年6月)の電池供給、供給量はテスラの需要に応じるという。ロイターによると、CATLが提示したリン酸鉄(LFP)リチウムイオン電池価格は他社より「二桁%」安いとされた。この電池は希少なコバルトを含まない。
CATLとの協業を模索する動きは日本企業にもある。ホンダは7月10日、CATLの第三者割当増資を引き受け、同社株の約1%(600億円)を取得している。
自動車業界では完成車メーカーを頂点とするヒエラルキーが長らく存在する。だが、CATLのようなバッテリー企業の台頭は、EV業界が自動車業界の階層秩序をそのまま受け継がない可能性を示唆しているかもしれない。
全固体電池
しかし、電池を巡る競争はまだ序盤戦だ。この業界にはゲームチェンジャーと目されて長い技術が存在する。全固体電池だ。
1991年にソニーが初めて実用化したリチウムイオン電池は、電解質に可燃性の有機溶媒液が使われており、漏出などによる安全性・信頼性への懸念に加え、容量が小さく、コストが高いなどの課題を抱えていた。こうした有機電解質の弱点を克服するため、電極、電解質を含め、全てを固体化した電池ができないかというアイデアは長い間あった。
ただし、最近までリチウムイオン電池のコストは指数関数的に下がってきていた。このコスト削減の努力は、セル製造の改善、パック統合の学習率、規模の経済(ギガファクトリー)の取り込みなど、様々な要因によって推進されている。
これが電気自動車や携帯電話などのバッテリーを改善してきた。電気自動車はすでにガソリン車よりコストが低いケースがあり、タクシーのような一日あたりの走行距離が長い利用形態の場合、総所有コスト(TCO)はガソリン車を下回っている。
図2. 2010 年以降のリチウムイオン電池の製造コスト。データを黒で示し、指数関数的なフィットを青で示している。CATLが2020年2月からテスラに供給開始したバッテリーは100ドル/キロワット時(赤線)とされている。Source: Andrew Ulvestad(2018).
しかし、リチウムイオン電池のエネルギー密度の成長率の停滞が見て取れるようになった今、固体電解質の登場が望まれるようになっている。
全固体電池は、正極、固体電解質、負極および集電体で構成される。全固体電池において、固体電解質はイオン伝導体とセパレーターの両方の役割を果たす。電極は、電解質の両側に取り付けられている。固体電池は組立ての制約が少ないため、製造コストを削減できる可能性がある。
固体電解質の候補には様々な材料がある。リチウム金属、ナトリウム、アルミウム、マグネシウムなどが有力視されている。
図3. 電解質に有機溶媒液を使う、リチウムイオン電池(左)と固体電解質を正極、負極が挟む形の固体電池(右). Image via Charged EVs.
全固体リチウム電池
全固体リチウム電池では不燃性固体電解質の使用によりリチウム金属負極の使用が予想され、エネルギー密度の大幅な増加が可能になる。電解液を用いたリチウムイオン電池と比較して、固体電池は安全性が高く、ライフサイクルが長く、エネルギー密度が高く、電池の組立てにおける制約が少ないと考えられている。そのため、固体電池は最近十年の間にかなりの関心を集めている。
全固体リチウム電池は、酸化物系固体電解質を利用するものと、硫黄で構成される硫化物系固体電解質を利用するものが広く研究されている。酸化物系固体電解質では、有機電解液では利用できなかった高電位正極活物質や負極活物質に金属リチウムが利用できるガーネット型固体電解質が、高いリチウムイオン導電率を有することが多数報告されている。
一方で融点よりも低い温度まで加熱して焼き固めるのが難しい材料であるため、部材としての稠密化が難しく、リチウムイオン導電性を部材として発揮できないといった課題があった。しかし、最近では、放電プラズマ焼結法やホットプレス法などにより、稠密性の高い部材も作成され、リチウムイオン導電率が好ましいレンジに落ち着いたとの報告もされている。
過去数十年間に科学界は固体リチウムイオン電池の大幅な進歩を実現しているが、依然として固体電解質の低いイオン伝導率と電解質-電極間の不十分な界面接触という2つの主要な研究課題に直面している。
固体電解質候補は他にもナトリウム、アルミウム、マグネシウム…
固体ナトリウムおよびアルミニウム電池は、リチウムイオン電池と比較してそれぞれ低コストおよび高体積エネルギー密度という利点があるため、新技術として台頭しつつある。また高安全性および豊富な資源であることなども利点だ。ただし、固体電解質の低伝導性と電解質-電極間の高い界面抵抗が、全固体ナトリウム電池の実用化における2つの主要な課題だ。
アルミニウム(Al)には、豊富に入手可能、軽量、1原子あたり3個の電子を利用できるなど、多数の利点がある。選定アルゴリズムを用いた材料評価により、金属アルミニウムを負極に用いた二次電池、高容量全固体アルミニウムイオン電池が有望視されている。リチウムに比べて体積容量が4倍(理論上は)大きいという利点がある。一方、アルミニウムは地殻中に最も豊富に存在する金属である。産業が成熟しており、リサイクルのインフラも整っているため、コスト面でも非常に効率が良い。
ただし、活性電池材料としてのアルミニウムの使用に関連する最大の課題の一つは、その酸素に対する親和性であり、酸素、水、または別の酸化剤にさらされると酸化することだ。
また、固体マグネシウム(Mg)電池は、リチウムイオン電池が抱える不十分な安全性や低いエネルギー密度の問題を克服するためには有望な代替となる可能性がある。マグネシウム電池の開発は固体中の低いマグネシウムイオンの移動度が難点となっているが、米エネルギー省の研究機関は「スピネル型マグネシウム-スカンジウム-セレン化物で、マグネシウムの移動度は、リチウム電池向け固体電解質に匹敵する」との研究結果が出したこともある。
まだ時間がかかる
高イオン伝導率を示す固体電解質の開発が強く求められている。全固体リチウム電池は大幅な進歩を示しているが、低いイオン伝導率と不十分な界面接触という2つの課題がある。固体ナトリウムおよびアルミニウム電池は、リチウム電池と比較してそれぞれ低コストおよび高体積エネルギー密度という利点があるため、新技術として台頭しつつあるかもしれない。
いずれにせよ、産業利用に耐えうる夢の電池の量産化までにはまだ少し時間がかかりそうだ。
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参考文献
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Eye Catch Photo by "Research towards better lithium-ion batteries" by Brookhaven National Laboratory is licensed under CC BY-NC-ND 2.0