インドでシリコンバレーが中国に反撃

国境紛争が中国企業の投資モメンタムを破壊

インドの成長著しいモバイル決済市場は、グーグルとウォルマートの子会社Flipkartが支配しつつある。もともと首位だったアントグループ出資のPaytmは市場シェア争いから脱落した。Image:Google Pay

要点

国境紛争が引き金となりインドの対中感情が著しく悪化している。中国がインドのスタートアップ業界で急速に築き上げた地位が危うくなっている。漁夫の利を得たのは、中国勢の攻勢を受けてきた米テクノロジー企業であり、14億人市場からライバルを追い落とす絶好の機会を得た。

アリババ出資企業の従業員が街頭抗議

6月のヒマラヤ事件を受けて、アリババが支援する食品配達Zomatoの配達員たちは、殺害された兵士の写真の前で、同社の赤い制服を燃やすパフォーマンスをみせた。スマートフォンで拡散した動画の中で、彼らは「インド軍の兵士が殺されたが、Zomatoは中国を愛している」と唱える。すると炎が会社のロゴを包み込んでいく。

この抗議行動は、国家主義者の怒りが、インドのテクノロジー部門への中国テクノロジー企業の数十億ドルの投資に向けられていることを明示している。

中国がインドの活況を呈するスタートアップ業界で急速に築き上げてきた地位は危うさを増し、フェイスブック、グーグル、アマゾンなどの米国勢がライバルを退場させる絶好の機会が生まれた。

インド市場をめぐる米国と中国の大手テック企業の競争は激しく、14億人規模の市場へのアクセスが数十億ドル規模の賭けに拍車をかけている。外資系、ローカルを問わず、いずれの企業が最終的にインド市場で主導的な地位を獲得するかは、世界のテクノロジー産業の将来に大きな影響を与えるのは間違いない。

このライバル関係は、米国と中国の間で地政学的な競争が激化し、インドがますます重要な要素となり、テクノロジーが中心的な戦場となっている中で起こっている。最近の緊張状態は、インドがアメリカのエコシステムを採用する理由を与えている。

インドの中国に対する反発は想像を超えていた。インドのナレンドラ・モディ首相は、7月にTwitter上で「米国とインドの友情」を称賛した。いくつかの都市で街頭抗議デモが行われ、群衆が中国製の電子機器を破壊し、インド政府は中国製の携帯アプリ中国の安全保障を脅かすとの理由で禁止した。

核武装した2つのライバル国の間の摩擦は、1960年代に国境戦争をしたことも含めて、今に始まったことではない。実際、中印関係の亀裂はヒマラヤ事件の前から明らかであった。コロナ危機で反中感情が高まり、インド政府は4月に外国からの直接投資の規制を強化していたが、これは中国によるインド企業の買収を防ぐためのものである。

しかし専門家は、これは分水嶺のような瞬間だと言う。これは中国のテクノロジー投資にとっての大きなターニングポイントになるだろう。

アリババとテンセントとその他

インドのテクノロジーセクターに対する中国の関心が高まったのは比較的最近のことである。5年前の時点では、広大なインド亜大陸への中国のテック投資はごくわずかだった。それが2017年と2018年にアリババとテンセントを筆頭に爆発的に増加した。中国のインドへのベンチャーキャピタル投資は、2017年の開始から今年6月までの間に合計43億ドルに達した。

中国のテックリーダーたちがインドを第2のホームマーケットと見なしているという感覚は、彼らの投資のプロファイルからも裏付けられている。10億ドル以上の価値を持つ新興企業であるインドのハイテクユニコーンのトップ10社のうち、7社が中国の戦略的投資家からの支援を受けているのに対し、米国の戦略的投資家からの支援を受けているのは1社のみである。

中国の支援はトップ10以外にも広がっている。ムンバイに拠点を置くシンクタンク、ゲートウェイ・ハウスの報告書によると、インドの既存のユニコーン30社のうち、18社が中国の大手テクノロジー企業または中国のベンチャーキャピタルファンドから資金提供を受けている。これらはすべて、中国(香港を含む)の対インド公式FDI(対外直接投資)総額のわずか1.5%にすぎないが、これにはシンガポールなどのファンドによる投資は含まれていない。

インドの新興企業に対する中国の投資家は、大きく分けて2つのカテゴリーに分けられる。

  1. CDH Investments、Hillhouse Capital、SAIF Partners、Ward Ferry などの専用のVCファンド。これらのファンドはセコイアやソフトバンクのようなグローバル投資家に似ており、財務的なリターンを求めている。

  2. アリババ、テンセント、Xaomiなどのテック企業(またはその傘下)で、ウォルマート(フリップカート経由)やアマゾンと同様に、インド市場での本格的なプレゼンスを求めている。

インドのVCの資金提供者の多くは、富裕層の個人や家族経営の事務所であり、スタートアップ企業に大口のコミットメントをするのが難しい。例えば、Paytmは19年度に36億9,000万ルピー(約52億円)の損失を出し、Flipkartは1年間で38億3,700万ルピーの損失を出しているが、これは海外投資家の資金を要する事業展開だ。セコイア(米国)、ソフトバンク(日本)、ナスパース(南アフリカ)などの世界的な巨人が、ほぼすべてのインドの大規模なスタートアップを支援している。また、これらの投資家はいずれも中国の新興企業への大口投資家であり、競争の激しい市場と成長の経験を持ち、インドで中国と同様の成功を繰り返したいと考えている。

ただし、インドにおける中国の投資を支配しているのは、アリババとテンセントの2つの企業である。インドのテックセクターはテンセントからの投資を受けた新興企業とアリババからの投資を受けた新興企業、いずれの投資も受けていない新興企業に分かれている、と言えるだろう。

アリババとアントグループはこれまでにインド企業のために20回の資金調達ラウンドに参加している。これらの取引の総額は50億ドルを超える。

アリババグループは、国内最大級のeコマースサイトであるSnapdeal、オンラインスーパーマーケットBigBasket、大手決済アプリPaytm、14の現地語でコンテンツを提供するニュースサイトDailyhunt、宅配便サービスXpressbees、食品配達のZomatoなどに投資している。

アリババは当初、成熟市場の企業への小規模な投資に注目していたが、2015年に取り組みを変えた。インドでは、同社は老舗企業に狙いを定めており、その大半は投資時点でシリーズC以上の企業であった。その戦略は実を結んだ。インドでの投資のうち5件がユニコーンの地位を獲得している。

一方、テンセントはインドで総額67億ドルのラウンドに参加している。テンセントが参加した約180件の国際ラウンドのうち、インドでは24件に参加している。

テンセントは異なる戦略を追求してきた。よりショットガン的なアプローチで、コンテンツやエンターテインメント、オンライン旅行、デジタルセキュリティなど、幅広い業界に投資している。

他の中国の企業では、Meituan Dianping(美団点評)、ByteDance、Xiaomi、Didi Chuxingなども同様の戦略を取っている。

ゲートウェイハウスの報告書によると、過去5年間でインドの新興企業への資金提供総額の11.6%を中国企業が占めており、その96%がアリババとテンセントに関連している。BytedanceやXiaomiなどの他の企業もインドの新興企業を支援しているが、その程度は低い。

2015年5月、ソフトバンクの資金を受け取り、記者会見に望むSnapdeal CEOのKunal Bahl.後にアリババの投資も受け取ることになる。しかしこれらの取引が彼をデッドロックに導くことになる。 "File:Kunal Bahl - SBI-Snapdeal MoU Signing Ceremony - Kolkata 2015-05-21 0657.JPG" by Biswarup Ganguly is licensed under CC BY 3.0

同時に、中国最大の携帯電話アプリの数十社がインドで花開いている。アプリを追跡調査している米企業センサータワーによると、インドのアップルとグーグルのプレイストアで最も人気のある中国の3つのアプリ「UC Browser」「TikTok」「SHAREit」は2014年以降、10億回以上のダウンロードを記録している。

逆流の始まり

2008年に設立されたZomatoは成長を促進するために、アリババの決済関連会社であるアントグループから手厚い支援を受けてきた。Zomatoの共同創業者兼最高執行責任者であるGaurav Guptaは、アントグループが同社の発展に果たした役割に疑いの余地はないと述べている。中国企業は、深いポケットを持っていただけでなく、「迅速なスケール」と「深く浸透する」方法についての知識も提供してくれた。

しかし、ニューデリーと北京の間の政治的緊張の影響で、中国と密接な関係にあるZomatoのような若い企業への資金提供がすでに遅れている。アントグループは総額5億ドルの投資を明らかにしたが、そのうち少なくとも1億ドルは、インド政府が新たに打ち出した新しい外国直接投資(FDI)規則が投資にどのような影響を与えるかという不確実性のために延期されている。Zomatoは決して孤立したケースではない。中国からインドへのこの記録的な資金の流れが減速している兆候がすでに見られる。

データプロバイダーのRefinitivによると、1人以上の中国人投資家が関与した資金調達案件の数は、今年1月の6件から6月には0件に減少した。それに比べて、6月には米国の投資家が関与したベンチャーキャピタル案件は9件だった。

米国勢の大行進

7月にグーグルは、「インドデジタル化ファンド」の一環として、インドへの100億ドルの投資を約束した。同じ週にグーグルは、インド最大の財閥であるリライアンス・インダストリーズ・リミテッド(RIL)のデジタル事業会社Jio Platformsに45億ドルを投資すると発表した。Jio Platformsは、インドで最も裕福な男ムケシュ・アンバニが所有する電気通信からEコマース、ビデオストリーミングにまでに至る帝国だ。グーグルの取引は、4月にフェイスブックがJioに57億ドルを投資したことに続いている。

Google Payは、2017年にインドでサービスを開始して以来、インド最大のデジタル決済プロバイダーとなっている。バーンスタインが発表した2020年5月のレポートによると、Google Payがインドの決済市場をリードし、ウォルマート傘下のFlipkartのデジタル決済部門であるPhonePe、Amazon Pay、そして最後にアリババが株式の過半を握る160億ドルの企業価値のPaytmが続いている。もともとはPaytmがリードした市場だったが、政府がUPIというデジタル決済共通基盤の提供し、極めて低い決済手数料の設定を実行したため、Paytmの先行者利益が崩壊し、Google Payなどの米国勢が取って代わった経緯がある。

インドはフェイスブックの最大のユーザー数を誇る市場でもあり、同社は間もなくWhatsApp Payサービスを開始する予定だ。米国の投資家のアプローチは、支払い以外では、これまで中国のライバルとは全く異なっていた。米国の投資家はほとんどがファンドであるのに対し、中国の投資家は自国のエコシステムを再現しようとする。

主な例外は、インドの大手eコマースサイトFlipkartだったが、2018年5月に米小売業者ウォルマートが、ソフトバンク、ナスパース、eBay、マイクロソフトなど複数の投資家の持ち株を買い取り、総額160億ドルで買収された。インドのeコマース企業は、アマゾンが巨額投資で圧力をかける中、ソフトバンクの孫正義に振り回され続けたが、ソフトバンクの出口戦略とウォルマートがもたらした確固たる経営基盤のおかげで蘇生した。結果、インドの電子商取引市場は、ウォルマートとアマゾンの第2の決戦の地となっている。

何度でも歴史は繰り返すか

米国を含む外国人投資家にとって、新たな規制を受けるリスクは依然として高い。インドは、国際的に成功しているビジネスを現地でコントロールするために、このような戦術を繰り返し利用してきた。

欧州のケアン・エナジー社は、16億ドルの遡及課税をめぐる訴訟で足止めを食らっている。インドのボーダフォンのジョイントベンチャーも、遡及課税を受けた後に操業を停止する可能性があると明らかにしている。ボーダフォンは、遡及課税のうち十数%を支払ったが、残りを払うために15年の期間を要求している。

ウォルマートがFlipkartに投資したのは、市場に参入した後に国内のライバルに有利なようにeコマースのルールが変更されたからに他ならない。アマゾン創業者のジェフ・ベゾスが1月にインドを訪れた際、ピユッシュ・ゴヤル商業大臣は、この大物の投資はインドにとって必ずしも好ましいものではないとほのめかしたという。

フードデリバリー分野におけるUberEatsの運命は、もう一つの訓話となっている。2016年によく知られた訪問では、Uberのかつてのボスであるトラビス・カラニックは、インドのクリケット界のスーパースターであるサチン・テンドルカールに会い、ボリウッドのスターであるサルマン・カーンと映画について話し合った。カラニックは地元メディアに対し、自身の会社が「インドにサービスを提供することにこれ以上興奮することはできない」と語った。

UberEatsは、上級幹部が「我々のグローバル展開における大きな一歩」と表現した取り組みで、2017年にムンバイでの事業を開始した。しかし、2019年末には撤退していた。

Zomatoやそのライバルであるテンセントや美団点評がバックアップするSwiggyの攻勢に対抗するために必要な「燃焼率」(バーンレート)を許容できなかった。2020年1月、Uberはインドでのフードデリバリー事業を少数株主になることと引き換えにZomatoに売却することで合意した。

実際、インドに対する投資家の熱意が現実よりもはるかに先を行っているのではないかと懸念されている。Zomato、Swiggy、UberEatsがインドのフードデリバリー事業で巨額の損失を出したことは決して珍しいことではない。