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米国のハイテク技術の革新は才能ある移民によって推進されてきた。何年もの間、シリコンバレーは世界的な人材獲得競争を制してきた。
しかし、新たな世界的勝者が現れた。カナダ、特にトロントだ。2013年以降、トロントのテックシーンは北米のどの都市よりも急速に成長している。2017年には、トロントはシアトル、サンフランシスコ・ベイエリア、ワシントンDCを合わせた数よりも多くのハイテク関連の仕事を増やし、2018年にはベイエリアに次いで2番目にハイテク関連の仕事を増やした。トロントは移民で溢れており、居住者の50%近くが国外で生まれている。
カナダのシリコンバレーは、オンタリオ州南部のトロント・ウォータールー・テック・コリドー(イノベーション・コリドー)と呼ばれる地域に位置している。この地域の距離は112kmで、通常は車で約2時間かかる。ウォータールーは1980年代にハイテク産業の中心地となり、過去35年間でその名声を拡大してきた。コリドー内には20万人以上の従業員が約1万5000社のテック企業で働いており、そのうち5000社は過去3年以内に設立されたばかりの新興企業だ。
ウォータールー地域は、世界で2番目にテック系スタートアップの密度が高い地域であり、国内最大手のテクノロジー企業の本社や、世界的に有名なブランドの開発オフィスがある。ウォータールーに本拠を置くブラックベリー(旧リサーチ・イン・モーション)は、Appleに随分と先んじて世界にスマートフォンを紹介した。
トロントはカナダ企業の本社が集中し、金融とベンチャーキャピタルの中心地でもあるため、この2つの地域が連携して世界クラスの技術回廊を形成するのは自然な成り行きだ。オンタリオ州は、インフラとサポートプログラムへの戦略的な投資を通じて、スタートアップテクノロジー企業の成功を加速させたいと考えている。
トランプ大統領が外国人労働者の機会を狭めていることは、高度な技術を持つ外国人労働者に依存しているハイテク産業に特に深刻な影響を与えている。米国では、熟練した技術労働者に一般的に与えられるH-1Bビザの承認率は2015年の94%から2019年には76%に低下し、ある調査によると、米国のテック企業12社では70%を下回っており、その一方で待ち時間は5ヶ月から10ヶ月近くになっている。
H-1Bの申請者数は何年にもわたって増加していたが、トランプ氏が当選した後は減少し、2016年の23万6,000人から2017年には19万9,000人になった。一方、それに相当するカナダのビザプログラムは、2週間以内に95%の申請を承認している。
その結果、トロントは2013年から2018年の間に、調査対象となった他のどの北米市場よりも多くのテック系雇用を新たに追加した。トロントは現在、不動産大手のCBREによって、サンフランシスコとシアトルに次ぐハイテク人材の数でランク付けされている。
カナダに進出するグローバル企業を誘致する連邦政府機関であるインベスト・イン・カナダは、トロントを「AIスタートアップの集中度が世界で最も高い」と宣伝している。政府はシリコンバレーに “H-1B Problems? Pivot to Canada,”(H-1B問題は? カナダに乗り換えよう)と書かれた看板を出している。そこにはカナダの移民サイトへのリンクが貼られている。

“H-1B Problems? Pivot to Canada,”(H-1Bビザ問題は大丈夫? カナダに乗り換えよう)
2013年から2018年の間に、トロントだけでも約58,000人のテック系労働者が純増し、調査対象となった他の北米のどの都市よりも多くなっている。サンフランシスコとシアトルはその間にテクノロジー関連の雇用を増やし続けたが、ニューヨーク(9,000人の純雇用を失った)、ローリー・ダーラム(10,000人)、ボストン(34,000人)など、他の多くのアメリカのハブ都市では雇用が失われていた。
これはアメリカで働いていたテック系労働者をひきつけている結果と読み取ることができる。H-1Bビザホルダーは、レイオフや休職扱いを受けた場合、60日以内にアメリカを離れる必要があるが、そのときにテック系労働者にとってカナダは最も速く選択肢に浮上する目的地なのだ。
世界最大級のスタートアップエコシステムの形成
キッチナーのテックハブであるCommunitechは、アメリカのテックシーンの中心地。1997年に設立されたCommunitechは、小さなスタートアップ企業がグーグルの幹部と肩を並べる場所として、全国的な伝説的な存在に成長した。

スタートアップのための会員制組織Cummunitechでの講演。Photo by Communitech
1980年代、デトロイトからほど近いキッチナーとウォータールーの双子の都市は、カナダ側の工業地帯の一部と考えられていた。ウォータールー大学では、コンピュータ工学のプログラムが有名になりつつあった。マイク・ラザリディスというギリシャ系トルコ人の学生が、1984年にリサーチ・イン・モーションを立ち上げるために中退する前に勉強していた大学だ。
この地域には、大企業向けの情報管理ソフトウェアを作るOpenTextや、最近ではメッセージングアプリのKikなど、他にも数多くの成功したテクノロジービジネスが誕生している。これらの企業の創業者たちは、必要に迫られてCommunitechを設立した。資本とイノベーションが集中する他の地域(トロントは現在のような金融センターではなかった)から離れていたため、お互いのサポートを頼りにしていたからだ。
会員制組織であるCommunitechは、当初の23社からなるリストが現在では1,400社以上に成長し、同じモデルで運営されている29のハブからなる全国ネットワークを生み出した。毎年何百社もの新しいテクノロジー企業が誕生しているウォータールーは、シリコンバレーに次ぐ、地球上で最も高いスタートアップ密度を誇っている。
マッキンゼー・アンド・カンパニーによると、トロント・ウォータールー地域のスーパークラスターは、世界トップのイノベーション・エコシステムになる可能性を秘めているという。イノベーション・コリドー(回廊)はすでに国のGDPにかなりの貢献をしている。
3月に連邦政府は、キッチナーとトロント間のGOトランジットのインフラ整備に7億5,200万ドル以上を投じ、2つの地域間のリンクを強化することを発表した。約600万人の人々がトロント・ウォータールー・テック・コリドー内に住んでおり、これはオンタリオ州全体の人口の約半分に相当する。このコリドー(回廊)はシリコンバレーに次ぐ北米第2位のICTクラスターの重要な部分であり、しばしば「北のシリコンバレー」と呼ばれている。この回廊には、全米の大学生の30%、全米人口の21%が住んでいる。

GOトランジット(ゴー・トランジット、英: GO Transit)は、カナダ・オンタリオ州トロントを中心とした地域都市間公共交通機関。現在、メトロリンクス(Metrolinx)というオンタリオ州公社によって運営されている。Richard Eriksson분당선MSecondarywaltz - File:GO Transit 664 loco 22464058059.jpgFile:GO Transit Bombardier Bilevel CEM 322.JPGFile:GO Bus 2336 in new green.JPGFile:GO Transit SuperLo Enviro500 8308.jpg, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=56886453による
オンタリオ州南部のハイテクハブは、ベンチャーキャピタルの誘致においてオンタリオ州を14位から8位へと向上させ、近年では北米の他のどの行政区よりも多くの外国直接投資を獲得し、それを地域内の雇用につなげている。

2018年、北米で海外直接投資から最も雇用を生み出した都市となったトロント市。Source: Investin Ontario.

2018年、北米で海外直接投資から最も雇用を生み出した州となったオンタリオ。Source: Investin Ontario.
Sidewalk Labへの嫌悪感
カナダ人は礼儀正しいことで知られているが、アメリカ文化の多くの側面に対する嫌悪感という形をとるナショナリズムが心の奥底にある。そして時には、その嫌悪感が噴出することがある。Sidewalk Labsがトロントの街にやってきた時がそうだった。
2017年3月、オンタリオ湖の湖畔に沿った2,000エーカー(800ヘクタール)の元工業用地の再開発を担当する政府機関ウォーターフロント・トロントは、「キーサイド」(Quayside)と呼ばれる12エーカーの区画にスマートシティ地区を建設するための提案を求めた。
トルドー大統領は10月、豪華な式典を主宰してコンペティションの勝者を発表した。それは、Googleの親会社であるアルファベット社が所有するニューヨークを拠点とする都市イノベーション企業、Sidewalk Labsが受賞者を発表した。
Sidewalk Labsは、応募したカナダの企業の中から選ばれたが、オンタリオ州首相、トロント市長、そしてアルファベット社の当時の会長であるエリック・シュミットは「インターネットから地域を構築する」という計画について、熱烈に語った。
すぐにポートランズという波止場に隣接する800エーカーの廃墟となった工業用地に開発を拡大するという話が出てきた。センサーや監視を利用して膨大な量のデータを生成し、家庭や職場のニーズに応えたり、交通機関を支援したり、さらにはゴミの量に応じて市民に料金を請求したりする計画など、世界で最も野心的なスマートシティ構想であることは間違いなかった。
このアイデアは、都市のオペレーティングシステムのためのデジタルアーキテクチャを開発し、それを世界に輸出することで、Alphabetの市場支配力をインターネットから公共空間にまで拡大するというものだった。これはSidewalk Labsにとってだけでなく、アルファベット社とカナダ政府にとっても最高の成果となるだろう。
しかし、カナダ生まれの技術者の中には、あまり感心していない人もいた。2012年までリサーチ・イン・モーションの共同CEOを務めていた億万長者のジム・バルシリーは、このプロジェクトを中止させるために、さまざまなキャンペーンを開始した。
「波止場はスマートシティではない」と彼は論説で書き「監視資本主義の植民地化実験である」という攻撃的な批判を展開したという。キーサイドのために提案されたセンサーのネットワークは、Sidewalk Labsの見解では、ロボットによるゴミ収集、高効率のユーティリティシステム、およびその他のデジタル改善を実行するために必要なものだ。しかし、バルシリーの見解では、カナダ人の個人情報(位置情報、購買習慣など)をグーグルのデータに飢えた口に送り込むという、オーウェル的なパワープレーを意味していた。
2019年10月、ウォーターフロント・トロントはSidewalk Labsとの修正契約を発表した。その範囲は、切望されていた800エーカーではなく、当初の12エーカーに限定され、データ収集は会社ではなく政府の管理下に置かれることになっていた。そして今年の5月、Sidewalk Labsは撤退を発表した。
シリコンバレーからの脱出
トロント・ウォータールー・テック・コリドーの活況の重要な説明変数は、シリコンバレーの神通力が薄れてきたことと関係している。米国のメガシティの物価は、高所得の高技能技術者でさえ許容範囲を超えているケースがある。
初期のフェイスブックで活躍した起業家で、『サルたちの狂宴』のベストセラー作家でもあるアントニオ・ガルシア・マルティネスは、サンフランシスコで社会のカースト化が進んでいる、と説明している。このカーストの中では、2018年8月時点で、4人家族で収入11万7,400ドル(約1,300万円)の世帯は、サンフランシスコでは低所得層とみなされる。熟練技術者たちは他地域の労働者に比べて相対的に高い給与を得ているものの、その大半は高い家賃や生活費で失われている。
ここに新型コロナによるリモートワークの普及が重なった。シリコンバレーの労働者たちは、大手テック企業が今年中にオフィスを再開しないことを受けて、高額な家賃について考え直し、引っ越しを検討している。新しいZillow-Harris Pollの調査では、在宅勤務の66%の人が、在宅勤務の柔軟性が続くならば、引っ越しを検討すると答えていることがわかった。
参考文献
. Mckinsey & Company. Dec, 2016.
"AI looks North: Bridging Canada’s corporate artificial intelligence gap". May, 2018.
Inventin Ontario. Ontario #1 in North America for new jobs created from incoming FDI.