要点
コロナ禍のさなかコンテンツやモノのオンライン消費が増加している。これが経済社会にとって不可逆な変化なのか、それとも、一過性の出来事なのか。「ニューノーマル」の有無は、世界経済の大きな分岐点と言えるだろう。
オンライン消費の急増は一過性?
コロナ感染拡大に伴うオンライン消費の利用増加は、既存のオンライン消費者がその利用割合を高めたために引き起こされており、非利用者のデジタル転換を実現していないため、コロナ収束後は、オンライン消費の増加分は剥げ落ちる可能性がある、と主張する興味深い論文が公開された。
渡辺努(ナウキャスト技術顧問,東京大学大学院経済学研究科)、大森悠貴(ナウキャスト,東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程)の論文『オンライン消費の増加はコロナ収束後も続くか?』は、新型コロナの感染拡大に伴い人々の消費スタイルの変化を調査した。
調査では、ナウキャストが提供する『JCB 消費 NOW』からアクティブな会員100万人をランダムに抽出したサンプルを用いた。渡辺らは、消費者の消費行動の状態を「オフラインのみ」「併用」「オンラインのみ」の3つと定義し、コロナ前とコロナ後(パンデミック期間を指す)での遷移の確率を、上述のデータに基づいて推計する手法をとった。
この結果、以下のようなことがわかった、と彼らは説明している。
オンライン消費増加の主体は、コロナ前からオンライン消費に馴染み、オンラインとオフラインの消費を併用していた消費者。このような消費者は、オンライン消費の割合を高め、オフライン消費を一切やめてオンライン消費のみに切り替える行動をとった。
オンライン消費の経験のない消費者の一部が、コロナを機にオンラ イン消費を始める動きもみられた。ただし、この寄与は必ずしも大きくない
年齢別にみると、35 歳前の年齢層がオンライン消費を増やし、これが大きく寄与した。一方、シニア層の寄与は皆無ではないものの小さかった。
渡辺らはコロナ感染拡大で生じたオンライン消費の増加分は可逆性は高く、収束後は剥げ落ちる可能性がある、と主張している。
この主張の背骨は、オンライン消費の増加には、もともと利用していなかった人が利用を開始した外延(Extensive margin = EM)、利用していた人が利用割合を高める内延(Intensive margin = IM)のふたつの性質のものがある、という想定と、EMとIMでの異なる可逆性があるとの推測だ。
渡辺らは、本論文では、EMの場合は非可逆性が強く、IMの場合は非可逆性が弱いと想定する。想定の根拠は、EMの場合、消費者は初期投資をし、そのサンクコスト化を恐れるため、オンライン消費を継続するが、IMの場合は、初期投資をしていないので、オンライン消費とオフライン消費をもとの水準に戻すことを防ぐ堀がない、という予測である。
パンデミックは強烈な加速器なのか?
これに先立つ4月、アクセンチュアが発表した報告書は、パンデミックが消費者のオンライン購入を加速させ、継続的なトレンドになる可能性がある、と指摘している。
もちろん、渡辺らの研究と比較することは難しい。いくつもの大きな相違点がある。それは、調査が世界15カ国(日本を含む)の約3,000人の消費者を対象に実施したこと、そして、調査期間は、日本で緊急事態宣言が発令される前の、2020年4月2日から同6日にかけてであることだ。さらに渡辺らがJCBカードのトランザクションデータを活用したのに対し、アクセンチュアはアンケートという手法をとっている。
アクセンチュアは、調査の結果、より多くの消費者が食料雑貨をオンラインで購入するようになったことが明らかになったと主張する。このうち、今回の事態をきっかけに食料雑貨を初めてオンラインで購入した消費者は全体の5人に1人を占めたほか、56歳以上に限れば、3人に1人に達した。また、「すべての製品・サービスをオンラインで購入している」と答えた消費者は32%を占め、この数字は今後37%に上昇すると予想される。
ステートメントによると、アクセンチュアの消費財部門を統括するマネジング・ディレクターのオリバー・ライト(Oliver Wright)は「今回の調査結果は消費者の購買行動が長期的に変化していくことを明確に示唆しています。こうした傾向はこれまでも見られたことですが、通常は何年もかけて生じるはずの変化がこれだけの規模とスピードでわずか数週間の間に一気に起きたのは驚くべきことだと言えるでしょう。消費者の新たな購買行動と消費活動は今後も継続することが見込まれ、その期間は1年半以上、そして2020年代の大半にわたって続くと推測されます」と主張している。
検索から見える
検索行動からもコロナの感染拡大とともに消費活動の変化の兆しが感じ取ることができる。Googleの尾崎隆の『Google トレンドで探る新型コロナウイルスに関連する検索動向』によると、政府によるイベント自粛や規模の縮小、全国すべての小学校や中学校、高等学校、特別支援学校について休校の要請が出たタイミングと重なる形で、2020年2月28日に「ネットスーパー」の検索が大きく伸びている。
尾崎は「ここには、「ネットスーパー」という単語で検索する人もいれば、特定のネットスーパーを指定して検索する人もいましたが、瞬間風速的に検索量が増加し、通常に戻る傾向が見受けられました。一度見つければ、そのネットスーパーの利用が定着するからでしょう。また、通常では検索されにくい「惣菜」「弁当」といったすぐに食べられるものや、「冷凍食品」「洗剤」といった食材や日用品などと掛け合わせて検索されたことも特徴的で、これまで EC で購入していなかった人もこうした食材や日用品を購入しようという意識・行動が高まったと考えられます」と説明している。
参考文献
渡辺努、大森悠貴. "オンライン消費の増加はコロナ収束後も続くか? クレカ取引データを用いた分析". 2020年5月14日.
江渕智弘. "経済の「今」オルタナデータでつかむ 予測に実態反映 ナウキャスト社長 辻中仁士". 日本経済新聞. 2020年5月19日.
Oliver Wright, Emma Blackburn. COVID-19 will permanently change consumer behavior. April 28, 2020. Accenture.
尾崎隆. "Google トレンドで探る新型コロナウイルスに関連する検索動向". Think with Google. 2020年3月.
今週のニュースまとめ
【止まらない成長】ByteDanceの企業価値は、最近の未公開株取引で1000億ドル以上に上昇。最近の取引は、セカンダリー市場で同社を1050億ドルから1100億ドルの間で評価しており、1400億ドルという高値で取引されたこともあると関係者。
【労働やめるか?】ゴールドマン・サックスのアナリストによると、米国の解雇された労働者の4分の3は、元の賃金を超える給付金を受け取れる可能性がある。もともとの所得が低かったことも問題だが、新しい福祉政策の実験になっている。
【中国モデルのコピー】Facebookは「Facebook Shops」を開始すると発表。ユーザーはソーシャル体験からシームレスに購買を実行できる。また、Instagram Shopやライブショッピングなどのアプリ全体の機能にも増え、Facebook Shopsと統合することで、お客様が興味のある商品を発見したり、購入しやすくしたりすることができるようになる。
【AI専用のスパコン】マイクロソフト、大規模な人工知能モデルを訓練するためのスパコンをAzureで利用できるようにした、と発表。OpenAIと共同で構築。より高度化したマルチタスク機械学習モデルを作ることを含意にしている。
【銀行消滅へのカウントダウン】三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は20日の投資家向け説明会で、三菱UFJ銀行の国内店舗数を2023年度までに17年度(515店)に比べ4割減の約300店に削減する計画を発表。デジタル化は、ビジネスモデルの転換必要性を提起しているが、いかに?
【ネクスト孫正義】「アジアで最も富裕な男」であるムケシュ・アンバニのJio Platformsは、1.34%の株式を870億ドルでGeneral Atlanticに売却することに合意。この取引では企業価値は650億ドルと評価された。
【競争激化で資金調達】JD.comが、今年香港での二次上場(NY証券市場に次ぐ)、2021年にはJD Logistics、2022年にはJD Digitsの上場を検討している、という噂。
【14%の人員削減】Uberは従業員3700人をレイオフすると、同社は証券取引委員会に提出したと発表した。カスタマーサポートと採用チームの削減は、26,900人の従業員の約14%に相当。
【エクソダスの始まり】テック企業の従業員が不動産価格が高騰するシリコンバレーからの脱出を検討している。2011年から2017年にかけて建てられた住宅1軒に対し5.4人の新しい雇用が生まれていた。リモートワーク化が進めば脱出は現実味を増す。
【想定内の大赤字】ソフトバンクGの2020年3月期決算、営業損益は1兆3646億円の赤字。赤字は予見された範疇に留まっており、LTV(総資産有利子負債比率)も危機的な状況とまではいかないが、孫正義はビジョンファンドの投資先の15社ほどが倒産する見通しを示しており、報道の目が当たらないものの、IPOの道筋を失った妖しいユニコーンが多数ある。その大半を占めるシェアリングエコノミーの未来はかなり明るくないだろう。これがビジョンファンドの損失をさらに厳しいものにするのは今期以降と考えられる。格付会社との紛争はクレジット市場での資金調達を困難にしており、最大4兆5000億円の流動性確保が「宣言」だけなのか、それとも実行に移されるのか注視が必要だ。株式は3月から鋭い売り圧力にさらされており、株価を保つ役割を果たしている自社株買いは正しい選択肢なのかは疑問が残る。
▼ニュースレターの著者:吉田拓史(@taxiyoshida)
記者, 編集者, Bizdev, Product Manager, Frontend Engineer. ジャカルタで新聞記者を5年. DIGIDAY日本版創業編集者を経て, デジタル経済メディアAxion(アクシオン)を創業. ■プロフィールサイト ■LinkedIn. ■Twitter ■Blog ■You Tube ■Podcast
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